胸の激痛が止まらず救急車で救急搬送される/すぐに緊急手術が始まる

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胸の激痛が止まらず救急車で救急搬送される

 

録り溜めていた映画を見終わり、そろそろ寝ようとしていた午前1時頃、それは突然の前触れもなくやってきた。

 

今までのドキドキする感覚とはまったく違う不吉な痛みだった。

 

感じたことのない胸の激痛

 

立つのも横になるのもしんどくなる激痛。
具体的には、左わきの下から約15㎝ほどの場所。
例えるなら、ふくらはぎでおこる"‎こむら返り"のような、我慢できる限界と思われるほどのまさしく激痛
歯を食いしばって痛みを我慢していると、次第に呼吸をするのも辛くなくなってくる。

 

なるべく落ち着こうと、ゆっくり鼻から吸って口から吐く、登山で苦しくなった時にするような腹式呼吸をしようとするが、胸の痛みでそれどこではなくなる。
これはヤバい。心臓?ひょっとしてこのまま死ぬのか?」と、素人の私でも簡単に想像できそうな危険な状態ではないかと自覚し始めてくる。

 

このまま朝までこの痛みが続くなら、本当に最悪の事態になると思ったが、そもそも救急車を呼ぶ基準がいまいちわからない
「呼んでしまってから痛みは和らいでしまったらどうしよう?」
「なんともなかったら救急車の不正利用と疑われるのでは?」
「そもそも救急車を呼ぶほどなのか?」
などと自問自答していた。

 

 

救急車を呼ぶか悩み#7119へ電話する

 

しかし、痛みは和らぐ様子がなく、少し前にニュースで取り上げられていた救急相談センター #7119を思い出したので、すぐに電話することにした。
そこで、今すぐ病院に行ったほうがいいのか聞き、夜中に受け付けてくれる病院を聞いてタクシーで行こうと思った。

 

すぐに看護師さんに繋がり、
「この辺りの夜間救急外来で行ける病院を教えてほしい。」
と告げたところ、現在の症状を具体的に質問され、
「胸が痛い」「息をするのもしんどい」等々を伝えた。

 

すると、電話の向こう側で、「すぐに緊急搬送が必要です」と即断即決された。

 

すぐに119番へ転送してもらい、救急車が来ることになった。
名前や電話番号を聞かれ「家族が居るなら一緒に来てください」などと助言される。

 

 

寝ていた相方を起こし、救急車を呼んだ事と、同乗してもらうことを伝えた。

 

後で聞いたら『顔が真っ白で顔は汗でびっしょり』だったそうです。

 

『救急相談センター#7119』とは?

 

急な怪我や病気で「救急車を呼んだほうがいいのかな?」と迷った際、専門家から電話でアドバイスを受けることができる番号です。

 
※現在はまだ、一部の地域でしか実施していません。

都道府県全域、宮城県、埼玉県、東京都、新潟県、大阪府内全市町村、奈良県、福岡県

一部実施、札幌市周辺、横浜市、神戸市、田辺市周辺

 

同じようなので全国で使える、緊急度を判定するアプリ、全国版救急受診アプリ (愛称「Q助」)もあります。

 

 

人生初めての救急車に乗る

 

119番には、
「歩行可能なのでエントランスの前で待機してます。」
「夜中なのでサイレンを鳴らさないで来てください」
と伝えてありましたが、サイレントは規則なので不可でしたが、けたたましいサイレンを鳴らしすぐに来てくれました。

 

胸の痛みを感じ『救急相談センター#7119』へ電話して、救急車が来るまで15分ほどの出来事でした。

 

救急車に徒歩で乗り、ストレッチャーに横になるり症状の説明をしている間、救急隊員の方々が手際よく心電図を付けられたりしている。
同時進行で、名前や生年月日、住所、電話番号等を聞かれるが喋るのが苦しいので相方に対応してもらった。

 

搬送先(かかりつけ)の有無など聞かれ、無いのでお任せすると伝えると、最初の電話?無線?で、なんと先日具合が悪くなって電話したが紹介状が必要とやんわり断られた、わりと近所の大病院に搬送先が決まりました。

 

 

生まれて初めての救急車だったが、感慨にふけることもなく、それどころか胸の苦しさは増すばかりで、歯を食いしばって我慢している状態でした。
挙句の果てには、呼吸するのも苦しくなってきて、付けていた酸素マスクのせいにだと思い、外していいか救急隊員さんに聞いて、隙間を開けても良いと言われた記憶は、朧げですが覚えています。

 

距離的には、10分も掛らずに着く距離ですが、苦しさで到着までの時間は異常に長く感じました。

 

 

病院へ搬送され手術することを告げられる

 

病院に到着すると、待ち構えていた医師や看護師さんに病院のストレッチャーに乗せ換えられる。

 

ガランとした空間の初療室に搬入され、10人ほどの関係者が手際よく作業をしてくれていた。
服を全部脱がされ、記憶は前後していますが、手際よく、下の毛を電動で剃られ管を入れられました(尿道カテーテル)…。
言われるまま薬を噛み砕いて飲み込んだ記憶までは、わりとはっきり覚えてます。

 

 

[まだまだ色々ありましたが、この辺りから記憶が非常に曖昧なので省略…。]

 

 

部屋の隅の机で、いつ撮ったのかも記憶にないレントゲンを見ていた先生から、
心臓に血液を送るとても大事な血管3本のうち2本が詰まってる。心臓がダメージを受けてとても危険な状態です。一刻を争います。
脚の付け根と腕の血管からカテーテルを入れて詰まってる血管を広げて血流を戻す手術をします。
等々の説明を受け、緊急手術をする旨が伝えられる。

 

 

その後、これから使う造影剤の副作用の説明や手術のする旨の同意を口頭で求められ、「はい」と頷いて同意した。

 

同時に、相方にも部屋の外で同じような説明と同意書へのサインを求められたらしく、もっと具体的に死亡リスクについての説明もあり、最悪の事態も覚悟したそうです。

 

 

病院で先生と会話した安心感なのか、その時の心境は「暫く帰れなくなるなあ。」という呑気な考えのほうが不安よりも大きかったように思います。
いつからかの記憶は曖昧ですが、胸の痛みは搬送された時よりも随分と和らいでいました。

 

暫くすると、説明を受けた部屋から心臓カテーテル室へストレッチャーごと移動しました。

 

移動する廊下で、心配顔をしていた相方と目が合ったので、ニッコリ笑顔でアイコンタクトをした。

 

 

手際よく手術室へそして心臓手術へ「えっモルヒネ?」

 

仕事ができる投資家さんのトレーディングルームのような、多画面モニターが横に並んだカテーテル室に入り、いよいよ手術が始まります。

 

画面には、蜘蛛の巣のような血管とおぼしき画像や心電図などが映し出されていて、脈拍と思われる規則正しい音が部屋に響いていた。
(覚えてないですが造影剤を打ったようです。)

 

手術なので全身麻酔と勝手に思い込んでいましたが、局部麻酔ですと伝えらて、手術中の先生方の会話は全部聞こえてました。

 

手術が始まって早々、執刀していた先生から「モルヒネ」という声が聞こえてきて、「それって末期治療に使う麻薬だよね…」と心の中で思い、ちょっと恐ろしくなった記憶があります。

 

顔を布で覆われていたのでモニターなどを見ることは出来す、何をしているかの想像も出来なくなりましたが、執刀の先生が「今カテーテル入れています。痛みはありますか?」など、常に話しかけてくれました。

 

手術中は、傷みや苦しさもなく、特にステントを留置したと思われる後は、自分でもはっきり自覚できるほど急に呼吸が楽になり、いつの間にかウトウトと眠ってしまいました。

 

 

先生に起こされ、手術が終わった事を告げられる。

 

 

ステントを2か所留置、手術は無事終了?

 

手術の時間は2時間半ほど。

 

執刀して頂いた先生から、「胸の痛みや違和感はどうですか?」と聞かれたが、全く苦しくなくなった旨を伝えた。

 

冠動脈の、詰まっていた個所に『ステント』を2か所留置して、現在は血管の流れは改善されているとの説明を受ける。

 

ステント治療とは?

ステント治療(ステント留置療法)とは、ステントと呼ばれるステンレスなどの金属でできたメッシュ状(網目状)の筒(つつ)をバルーンにかぶせ、それをカテーテルの中に通っているガイドワイヤーで冠動脈の狭くなってしまった部分に通します。

そして、バルーンをふくらませてステントを広げます。バルーンはしぼめて取り除きますが、ステントは広がった状態で冠動脈の狭くなった部分に残すので、冠動脈を広げることができ、血流を正常に保つことができます。

 

 

ICUへ運ばれて数日間は経過をみるとこに

 

「暫くはICUで経過をみましょう」と言われ明け方の集中治療室へ移動となった。

 

看護婦さん数人の手助けでストレッチャーからICUのベッドへ移動して、相方とも無事再会できて、長い長い怒涛の一日が終りました。
そしていつの間にか眠りに落ちてしまった。

 

 

この時点では、数日での退院を楽観視していましたが、この後、人生そんなに甘くない事を思い知らされるのでした。

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